高校野球ヲタク、草野球歴30年で、全ポジション、監督も経験した立場から、「観る」「知る」だけでなく「やる」を加え、さらに「誰にでも平易に伝える使命」という観点も加えて、野球に関するもろもろを。

2010.8.18

甲子園のレンガに自分の名前が刻印

またまた甲子園ネタです。
どうしてもこの季節、燃えます。

遊学館の1回戦、一関学院戦の大勝含め4試合12時間、堪能してきました。
2回戦、関東一高戦は、仕事溜まり過ぎて断念したら敗けてしまい。。。。
やっぱオレが行ってベンチ裏でメガホン持って選手より大きな声で激飛ばさんと敗けるな、
ってそんなことはないって。

この画像、○がついてる人の向かって右が、僕です。
いつもこの席に座ってるので、監督を抜くカメラにしょっちゅう写るらしい。

昨年秋、練習試合で大勝した相手でしたが、いや、強かったです。参りました。
カンイチの米沢監督の同期が草野球仲間です。
その代のカンイチは、春に大勝していたエース高橋尚典の修徳に決勝で敗けて
甲子園に出られませんでした。
その同じ高校相手に、今年は決勝で雪辱!
しかも監督が、その時の最後のバッターというなんともドラマチックな今回の出場です。
かなり思い入れあり応援してる高校ということで、こうなれば優勝してほしい。
ガンバレ関東一!

ここに←書いたように、トイレで着替えて頭とシャツ洗って最前列で干す、の図。


どっしり感のあるノックが特徴、恩師・山本監督。
ベンチ真後ろなので、ほとんど控え選手の気分です。
試合開始前後は金網越しにさっと話したりします。

勝って校歌流れてる時。
中央が山本監督。向かって右が、中川部長。
中川部長は、星稜OBで、山本省吾で準優勝した時のサード。
かっこよかったなあ。
その後、千葉大など経て、遊学館コーチ→部長に。

8/7のブログに←書いたとおり、
ここ15年ほど毎年甲子園に2日で8試合48時間“住んでる”身としては
甲子園球場そのものに対して、感謝と言うか敬意と言うか、
血縁を感じるような根源的な愛情があるわけです。

そんな思いを持ちつつ生きる僕が、
2008年夏、サイトのニュースで←あるプロジェクトを発見!

KOSHIEN NAMING BRICK MEMBERS ←「甲子園のレンガに名前を残そう」という企画。
甲子園改装工事に合わせてスタンド外周に敷くレンガに
自分の名前やメッセージを刻印できると言うもの。
2万円で10年間残り、先着3万人限定とありました。

超金欠にも関わらず、これは何が何でも残さねばと、初日受付開始の10時にアクセス。
しかし、相当アクセス集中していたと思われなかなかつながらず結局、
1時間近く経って受付終了にこぎつけましたよ。

刻印文字はローマ字と数字で、3段以内という決まり。
いろいろ考えましたが結局シンプルに
ISHIGURO KENGO
SEIRYO
としました。
野球部OBではないのにやはり星稜と言えば甲子園と言うことで。
ちなみに、星稜野球部で甲子園出た選手は2人います。
箕島との延長18回の時のセカンド、石黒豊君。
山本省吾で準優勝した時のライト、石黒達也君。
僕、自分の草野球チームでは星稜そっくりのユニなので
ファーストランナーになった時に「あの石黒さんですか?」と言われたことあり(笑)。
箕島戦から20年以上経ってからですよ。よく覚えてるなあ、高校野球ヲタクは。
名前検索してたら、→箕島戦のスコア&詳細レポ発見!これは貴重。

その申し込みから1年半以上経った今年春。
ついに、<シリアルと証明書>が送られてきました!
雲は湧き光り溢れて天高く純白の球今日ぞ飛ぶ若人よいざまなじりは歓呼に応え
いさぎよし微笑む希望ああ栄冠は君に輝く、と喜び勇んで開封。
じゃじゃーん。重々しくファイル登場。ファイル・ヒットラー!

開くと証明書が。シリアル,A1-442 
A1って相当早く申し込んだということだと思われ。

ん? これはなんだろか。

おお! 甲子園の土! サービス精神やるねー。芸コマだなあ。
ケースばらして床に捲いて泣きながらシューズ袋に入れようかと思ったけど、
誰も見てないのでとどまりました。

ここに敷かれてんでー、という案内もごていねいに。
僕が見ている三塁側ベンチ裏からはもっとも遠い場所。
ライトの後ろ、23号門あたり。
実は先日行った時、この紙のことすっかり忘れてて、なんともマヌケにも
急いでたので発見できず(笑)。よって現物の写真なし。。。。

12月に「甲子園のグラウンドに立とう」というイベントがあると書かれている。
自分の行動的にイヤな予感。。。

この招待券も慌ただしく往復したので使わず。
かなりいいらしく、次は必ず行く!

と、いうわけで、
あと9年半、甲子園に自分の名前が残ってるわけです。
この事実が心地よい。
高校球児ではなかった後悔を胸に、
草野球から、高校野球から、甲子園から、
人生のいろんなことを教わってきました。
その感謝の気持ちを形に残せたような気がしています。


↓ 野球好きなら絶対のオススメ本

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2010.8.11

ごくシンプルなバッティング理論

さっき、文春野球部の仲間で、
サッカー中心で活躍するライターの熊崎敬さんからメールを頂き
返信していたのですが、
打撃についてアドバイスを一言だけ書こうと思ったら
30分ぐらい書いてしまい。。。
となるともったいなくなる貧乏性でして、せっかくなのでブログに挙げときます。
んが、、、草野球プレーヤー以外まったく関係ない話題でスンマセン。

今年、ヘルニアと肩のオーバーユースでまったく野球できません。
昨年10月末からなので、すでに9ヶ月経過。
こんなにボールを投げないことは、ここ43年ぐらいなかったので不思議な感じ。
少し痛み和らいだもののまだ痛いわー。
来春に野球できるのかと不安な日々。
野球やりてー!
と隔靴掻痒な甲子園シーズン。
くそー!!

・・・・・・・・・・・・・

熊さん

どもども!
おひさしぶりです。
W杯、お疲れさまでした。

>ナンバーの星陵の原稿を読みながら、

<稜>でひとつよろしくお願いします(笑)。
ほぼ間違えられるんですー。

>南アから帰国して以来、夜ジョギングしたり身体鍛えているんですが、
>速い球には相変わらず手も足も出ません。

いやいや、スランプですね(笑)。
筋力が関係してくるのはメジャーレベルの選手でして
アマチュアなら<身体の使い方>で100%決まると言ってもいいでしょう。

大きい鏡の前(ビルのガラスとかでも)
で自分の構え見て、テレビで見る選手のフォームと比べるといいでしょう。

>やっぱりバッティングセンターに通わないとだめですかねえ。

構え固めないで行ってももったいないです(笑)。
「練習は嘘をつかないと言うけど、考えない練習は平気で嘘をつくよ」
というダルビッシュのツイートに大きく頷いたことがあります。

熊さんのフォームを思い出しながら書きますと、
まずは、振っていて投手側に上体が移動しないこと。
右足に重心を残したまま、左足は着地したらまっすぐ伸びるように。
それから、バットが遠くを回ってるので
インパクトあたりで右膝を、左膝に付けるようにしてください。

頭はボールから近づくのではなく、遠ざかるように。
速いボールに目が近づけばもっと速く見えます。
腕とバットは回って身体より前に出て行きますが、頭=目は、前に行かぬよう。
遠ざけるぐらいの意識でちょうどいいと思います。

また、投手側だけでなく、一塁側につんのめっていくのもよくないです。
右足は、拇指球を軸にくるっと回してかかとが浮く感じ。
左足は、ステップしたら外側の側面でブレーキかけるイメージで。
あくまで重心は後ろ脚に残るように。

構える時は、膝の位置が両足のつま先より前に出ないようにして。
自然にお尻が突き出た形になります。
膝が前に出ると、上体が軸を中心にうまく回転しません。
お尻を突き出す=骨盤の前傾です。
打つ、投げる、守る、走る、すべて、骨盤の前傾を意識してください。
黒人の歩き方です。
守備がヘタな人は、骨盤が後傾しています。
よく<腰が高い>と言いますが、あれは厳密には<腰が立っている>
と言うべきですね。

バットを構える位置は神経質になることはありませんが、
スイングする時は<バットを振る>という意識を捨てましょう。
バットは<身体に巻き付けて回す>ものです。

熊さんの場合特に、右脇が空いてる感じかも。
素振りで、腕が伸びないようにチェックしていきましょう。
右脇が空く人にありがちなのが
トップハンド(バットを握る上の手)を剣道の竹刀のように握っていること。
バットを左から巻き込むように握れば自然と右肘が
身体に付くように回ります。
インパクト時に球の威力にも押し込まれませんし。

構えでは、首を肩の上に乗せて完全に投手のほうを見てください。
スイングしながら球を追っていれば自然に右肩の上にあごが来るように回ります。

よく、素振り時に、首を回してない人がいますが
あれは振る意味ないです(笑)。
というか目が切れるクセがつくので
必ず、インパクト>フォロースルーまで目をベースの上に残して。

頭を使ってフォームをチェックしながら少し固まったら、
バッティングセンターに行く。
そして、フォームを考えながら打ち、課題をその場で修正してみる。
治らなかったら、その感覚を刻み込み、
また普段の素振りで振りながら自問自答して修正する。

素振りは<毎日やるぞ!>とか思うと重く感じられるので(笑)
草野球選手なら、<楽しめる時にやろう>ぐらいでいいでしょう。

構えたら、まず、18・44メートル先あたりの目標物を見当つけて設定。
いつも自分が当たるであろう球速をイメージし、
そこから、投げてくるタイミングに合わせて振ります。

振る時には、5つのコースを設定して振ることをお薦めします。
インハイ、アウトロー、インロー、アウトハイ、真ん中。
この順番で10本ずつ振って50本。
それをもう一回りして100本。

少し考えながらやると、これで15〜20分ぐらいでしょうか。
僕は、これぐらいがリアルに長く続けていける数ではないかと思います。

対角を連続してやるのがいいです。
二回り目は、カーブやシンカー、チェンジアップ等の
遅めの球種のタイミングをイメージするのもいいでしょう。
野村スコープ的9コースは必要ないです。時間のムダ。
第一、実際のリードは、インハイ、アウトロー、インロー、アウトハイの4つで、
稀にフォークやナックルで、真ん中のボールゾーンがあるぐらいです。

身体の動かし方は、頭に入れると言うよりまず一度、
読んだり知ったりしたその場で身体動かしてみる。
たった今、立ち上がりましょう。
ざくっとそれをつかんだら、
通勤途中、電車待ちながらとか頭で考えながらこそこそ身体動かす。
それが仕事に忙しい草野球プレーヤーの宿命(笑)。

ひとことだけ返そうと思ったらつい長々になってしまいました。
際限なく言えることはあるので、
渋谷に来る時あったら、30分レクチャーコーナーやりますよ。

ではがんがん打ってくださいね!

来年はまた一緒にプレーしたいですわ。

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2010.8.7

プロフェッショナル甲子園観戦の流儀

今日の夜11時半の高速バスで甲子園に向かいます。
7時からの打合せ的メシ終ったら事務所でシャワー浴びて新宿スバルビル前へ。
明日は炎天下、日陰一切ナシの<三塁側ベンチ裏最前列右端>
にここ12年間同じ席に陣取り4試合観戦。
銭湯行ってお好み焼き食べて、明日の夜9時半に梅田から夜行バス。
新宿に朝6時半頃新宿ついて事務所に来ます。
母校・星稜は予選で敗けましたが、恩師・山本雅弘監督率いる遊学館の応援。
さあではまず、僕が甲子園観戦に行く時の荷物をご覧ください。

なにしろ、いつもは毎度12時間、日陰ゼロの席にいるので、
トイレの手洗い場でせんたくして、
タオルで身体拭いて頭から水かぶります。
ホームレスの気持ちがよくわかりますよ。

双眼鏡、スコアブック、『週刊朝日 甲子園号』これ3種の神器。
あとは、ガムテープ、針金ハンガー、メガホン、ハット、
サーファー用タオル、防水バッグ、野球用プレゲームシャツ2枚、
サンオイルSPF50、天然塩、携帯充電器&乾電池、
甲子園うちわ、甲子園タオル、ベビー綿棒、シーブリーズ……。
あとは、往復用普通の着替えTシャツ2枚、短パンあたりを
30ℓのリュックに詰めます。

星稜と遊学館が出ない場合は、
ベスト16の8試合を2日続けて見るのがベストですね。
昔はベスト8がぶつかる4試合なんて言ってましたが
15年くらい前から地域格差がなくなりチームのばらつきが
少なくなってきていることと、
打撃戦によってエース級の消耗が早くベスト8ではむしろ
本来の力が出し切れず乱れる試合が増えてますね。

今日は夜予定があったのでやむなく前泊をあきらめましたが
普通は、朝6時には球場で並びます。
三塁側特別内野席1200円。
で、8時の開門と同時にダッシュで席とったら1日じゅそこに居続けます。
それを2日間。
延長が重なる時などは、2日で24時間球場にいることも。
こうなるともう、<野球を見る>ではなく<球場に住んでいる>
感覚になってくるのです。
なぜ、開門の2時間前に行くかと言うと、
前述した席に座りたいから。

・・・・(以下の、5年ほど前に野球雑誌に書いた原稿を参照)・・・

 30歳を過ぎてから、毎年夏には高校野球観戦で甲子園に行っている。2日間みっちり、ベスト16がぶつかる8試合をすべて観る。1日に4試合も腰を落ち着けるのでベストポジションで見たい。だから僕の席は決まっている。「三塁側特別内野席 1段の11番」。甲子園の5万3000席のうち、欲する条件を満たしているのはこの1席しかない。最前列でベンチの真後ろだから、監督の指示、選手の声、などが間近で聞こえる。打席や塁上から監督のサインを見る選手の視線が自分に向ってくる。プレーを観るより、監督の采配、チームの雰囲気、臨場感に触れたい僕にとっては最高のポジション。なおかつトイレやらメシやら日陰に休憩やらでよく席を立つから列の端でなければならない。また、ここと左横の12,13番席だけが目の前の壁の上に物が置ける。スコアブック、双眼鏡、選手名鑑、うちわ、凍ったお茶、この5点セットを並べらることで、快適な球場ライフが待っているわけだ。11番を確保すると、折り畳まれる座面を起き上がらないように倒してガムテープで固定。バスタオルもびっしり巻いてラグジュアリーなシートを作り試合に臨む。ちなみに1塁側は構造が違っていて、同じ場所でもここほど快適ではない。
 さてその石黒シートを確保するためには、6時には球場に並び開門と同時にダッシュだ。この席を狙う人などいないのだが、もしも座られたら取り返しがつかない。であるから、宿泊も甲子園から歩ける範囲で、敗退した高校が泊まっていた宿を狙う。東京勢の夕立荘、鹿児島勢のやっこ旅館、徳島勢の網引旅館など。そこから、球児の気分に浸って、早朝の出陣である。
それらの旅館に泊まれない時は、梅田のサウナに泊まって5時半の梅田駅始発で乗り込む。
 第一試合後にカレー。第三試合終了でカツ丼。長ソデアンダーシャツに長いパンツのいでたちは、疲れて体がもたなくなるから。大好きなビールも飲まない。試合終了時と開始時は、入れ替わる選手の表情やノックや見るから、休憩はイニングの合間に通路の日陰に逃げ込む。もうろうとしてくるから、しょっちゅう汚いトイレで頭から水をかぶる。この苦行に近い感覚がたまらないのである。「ああ、1日、一歩も出ずに球場にいる」。野球バカを野球の神様に認めてもらえる気がするのだ。常々、死んだら天国で「野球バカの部屋」に行きたいと思っているし。

・・・・・・・・・・・・・

というわけで、僕は選手ももちろん見てますが
監督を見に行っているようなものなんです。
ベストの席なら、打者や走者が、監督のサインを確認する視線が
まるで自分にくる感じ、自分が監督になった気分ね。
守備位置変更指示、イニング合間の選手への指示や、敗戦後泣き崩れるベンチ前など
テレビでは見れないシーンが見られるのです。
特に敗れて3年間の思いを胸に引き上げる選手を見て
毎試合のように涙しています。それが一番好きなのかも。
ちなみに、1塁側の同じ席は、両校が引き上げる通路の上になるので
精神的にきつ過ぎるので三塁側がいいのです。


↑ ガムテープは、イスが跳ね上がらないように、朝8時にガムテで固定してしまう。
 針金ハンガーは、トイレで着替えて洗ったシャツを金網に干す時に使う。


↑ 野球用プレゲームシャツ。トイレで洗って1試合ごと交互に着る。
 素材的にすぐに乾くし軽いのでもうこれしかない!
 上でまるまっているハンガーは伸ばして。


↑ 双眼鏡は、8×30 ほぼ野球とアメフト専用。8倍がちょうどいい。
  10倍だと、最前列からピッチャー見ると全身の動きがわからない。


↑ スコアは、27年前に2年間バイトしていた時事通信社運動部のものを
 ずっともらい続けて使ってます。
 星稜と、遊学館のは、それぞれ1冊ずつ独立。
 星稜のは、テレビ観戦も付けてるので卒業後31年間の甲子園全試合分あります。


↑ これがなくては始まらない。中1から36年連続買っているような気が。


↑ 帽子はいろいろ試行錯誤しましたが、やはりこの手のが一番涼しいと言う結論に。
 12時間炎天下に居続けるためには見た目よりとにかく機能性!
 メガホンに帽子丸めて入れていきます。
 メガホンは、星稜のと遊学館のはずっと使ってます。


↑ サンオイルなかったら、膝と上腕、目の下、首が死にます。
 SPF50を、日の当たるとこほど濃いめに、こままに塗ります。
 終ったらアフターローションも。


↑ 天然塩なめます。ちなみに甲子園にいる間は、<水>しか飲みません。
 ポカリスエットは糖分が多いので、トレーニング中以外はすすめません。
 僕は自分の試合中は半分に薄めて2リットル飲みます。
 お茶もジュースも飲みません。<凍った水>(ペットボトル)
 を1日に10本以上は買うと思います。
 こんなビール好きな僕が、終るまで1滴も飲みません。
 ほんとに命に関わると思うので(笑)。
 30代の頃、このスケジュールで酒飲んでてやばい!と思ってことが何度かあり。
 携帯充電はツイッター用?(笑)。
 青汁は昨年から常飲。
 時計は、防水のに換えます。
 トイレの手洗い場でせんたくしてタオルで身体拭いて頭から水かぶるため。


↑ このタオルは、6年前のですね。これは首用で、
 あと、絞れば一瞬で水分がなくなるサーファー用タオルは汗拭きように。
 防水バッグは双眼鏡やカメラ入れたり、ネットは小物入れるなどなにかと重宝。


↑ 僕、ベタ耳なので綿棒派ですが、さらに言うと、細かいところに届く
 ベビー綿棒でないとだめなんです。。。これは普段から持ち歩いてます。


↑ 新しいリュックを買ってから、甲子園専用となった登山用リュック。
 これで新幹線、夜行バス、サウナ、銭湯、甲子園、旅館、甲子園とどこでも。

と。。。。

明日は、甲子園後、銭湯フリークとしても一仕事。
甲子園から徒歩15分、天然温泉の銭湯、
浜田温泉 甲子園旭泉の湯←ここ に行く予定です。
そのあと、梅田、阪急東通のお好み焼き屋 美舟←に行ってビール、くーっつ!
で、爆睡して新宿に着く予定。

明日、第三試合、遊学館!
ベンチ裏でものすごい大声で応援してるので
テレビに写ったら笑ってやってください。
ツイッターでレポートし続けてみようかとも。

第四試合は、僕の草野球チームの主力、平井君の母校
関東一高が出るのでこれもしっかりとみようと。
平井もOB仲間と来るようだし。

遊学館も関一も明日勝ったら、次、当たるんだよなー。
きちーなー。
また夜行往復でいくのだろうか。わしは。

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2010.7.29

『Number』で書きました「松井5連続敬遠の痛恨」

シベリア抑留者の本を日曜に書き終え、
やっと少し合間ができそうなところで久しぶりのブログですわ。

昨日、石川県大会決勝。
遊学館高校、5年ぶり4度目の夏の甲子園出場を決めました!
監督の山本雅弘監督は、
僕の、星稜高校2年時の担任で、
ダラダラとよろしくなかった僕の態度を、こてんぱんに、
いやオーバーな表現でなくこてんぱんに叩き直していただいた恩師です。
大人になって友人に言われたのは
「ケンゴ、あれでよう学校やめんかったな(笑)」
日々、鉄拳。いやはやまじで怖かった。
ひとり終礼時にクラスの前に正座させられてけっ飛ばされ、
胸に1週間足型残ってました(笑)。
よっぽど僕がへらへらしたんだろうなあ、ひどかったんだろうなあと今思う。
いいのかなあ、こんなとこに書いてて。いいよね、時効(笑)。
というか、そんなことにしても誰も今憎んでいる生徒はいないと思う。
人間同士、こいつをなんとかしようと思ってるアツサが、伝わるのですよ。
まだ日体大出て数年目だったのでオニイサン的でもあり、
よく話がわかる情の深い先生で、怖いけどみんなしたっていました。
生徒間では「ヤント」で通ってたのですが、
32年経った今でもどうもそう言ってるようで、
遊学の試合を観戦しているとスタンドで生徒が話してるのが聞こえてほのぼのします。
山本先生が卒業式の時、式が終わって講堂から出て行く生徒を見ながら
ひとり泣いていた姿が忘れられません。

先生は、星稜中学の野球部監督を長年務めて、全国大会で何度も
星稜中を日本一に導きました。
その後、遊学館が共学となり野球部創設にあたって、
稲置学園から金城学園に移り、創部2年目、3年生不在のチームで
甲子園出場、しかもベスト8入りと言う快挙を遂げました。
試合や練習見に行ったり、大学選手権観戦などで今でもよくお会いするのですが、
先生の前に出るとついシャキッと気をつけしてしまいますね。
と山本先生のことはまだ書きたいことも山ほどあるのでまたにしまして、
もうひとり、シャキッと気をつけしてしまう人が、
星稜高校・総監督、山下智茂先生。

7/14のこのブログ←にも書いたように、7/2、母校を取材で訪れましたよ。
まずはそっち読んでいただければ。

今日、7/29発売の『Number』←にその4Pの記事が出てます。

この記事は、特別に感慨深いものがあります。
『Number』では過去に野球モノ中心に、そこそこ仕事しました。
だいたいが<分類王>として、カルチャーお遊び的チャートものが多く、
がっつりとした書き物はやっていませんでした。
別にやらないと決めていたわけでもありませんが、
専門のスポーツライターの方がいて、みなさん原稿もうまければ
特に自分がやりたいな、とも思わないし、当然頼まれもしない(笑)。
なのでそのテの記事をやろうとは意識もしていませんでした。
チャートものは独特の<知的バカ笑い>の世界観、テイストは自分でも
<余人に代え難き>ものだと思っているし、それならやはり僕がやらねば
と思えるわけです。
しかし、インタビューモノなどは、もちろん若い頃はかなりやっていたし、
別にいやだとかないのですが、うまい人もいっぱいいるから
むしろ読んでればいい、読者でいいという感じでした。
ちなみに『Number』は僕が上京してしばらくして創刊され、
創刊号も買ったし、それ以降30年、読者として相当買ってました。
(サッカー号は買いません)

今回、古い付き合いで僕の好みを知り尽くし、
高校野球大好きで、甲子園も僕と一緒に見に行ったこともある、
編集部の稲田君がこの企画をどうですか?と言ってくれたのです。
それはもう一も二もなくやるしかない!うれしい!とアポに臨んだのです。
18年前の「明徳戦、松井5連続敬遠」について話してほしいという
オファーでしたが、断られるかも、、、と思いつつ電話。
今まで、本当にこの話は取材受けていなかったのです。
しかし受けて頂けるということで、勇躍、31年前に卒業した母校に向かいました。

母校、高校野球というキーワードだけでも極上なのに
ずっと応援し続けている母校の野球部、
それを愛読紙でもあるナンバーで、しかもそこで初のシリアス系記事。
取材相手は、星稜の名を全国に知らしめた功労者で高校球界の名将。

僕は野球部ではなく、びびって入部しなかった後悔から
今でも草野球やってるのです。
なので、山下先生とは、2年時の政経の授業と、
毎朝、校門に立っての服装検査でのやりとりでした。

監督の授業前になると、みんなその日の朝刊をがさがさ読み始めてました。
冒頭に10分ほど、新聞に書かれたできごとを指名して質問するのです。
「さ、今朝の新聞に○○○についてなんて書いてあった? はい、石黒」
「……」
「わからんがか? はい、立っとれ」
これです。
授業の合間に聞く、すさまじい野球部練習話も迫力ありました。
「外野に1メートルの円描いといたらノックでそこに100%落とせるぞ」
一番びびった話は
「真冬に、雪の上で何時間もノックし続けとったら、掌がむけて出た血が凍ってしもて、
バットと手が離れなくなったんで、ヤカンのお湯かけてはがしたんやわ」
これにとどまらずレンコン畑からグランド作って、
授業のために予習とかすさまじい努力の人なのだと、
わずかな接点でしたが、感受性の強いハナタレヤンキー少年には
ぐさぐさと響いてきたものです。
それでキャンディーズ活動に命を賭けることができました!
……ってのはなんか違うような……。

僕の中で、山下先生についてもっとも強烈な記憶は、學ランです。

この頃の星稜は、勉強もスポーツも生活指導も
たぶん一番厳しかったのではないかと思います。
日本の高度経済成長期のように、本格的な進学校へと登り始めた頃です。
初めて東大に入ったのが、僕と同じ15期の生徒だったはず。
それはもういろいろと厳しかった。
校門では男子を見張るのがほとんどで、
髪の襟足がカラーにかかっていないか、パーマやソリコミ発見、
太いズボン、長ラン、黒い靴履いてるか、とか。

高校2年のある朝、毎朝竹刀持って校門に立っている山下先生に呼び止められました。
(これ、定年まで続けてたと取材の時に聞いてびっくり!)
いつもは、始業ベルぎりぎりに走り込むディレードスチールで
アウトにならずに塁を獲得していたのですが、
この日はばっちり監督が僕を見ていた。

対空レーダー山下システムにひっかかったのは、
イシグロ神風特攻隊の学生帽。卵の黄身と煙草の灰で固められた特殊機です。
「おまんの帽子、なんか加工しとらんねえけ?」(金沢弁)
と言うか言わぬかのうちにひっぺがされて現れた額。
「おまん、ソリコミしとらんや!」続いて視線は下に。
「丈長いがいや! 脱げっ!」姿を見せた虎と龍、猛り狂うどころかしゅんとなり。
「没収や! 卒業式の時取りにこい!」
バイトで貯めた2万円をつぎこみ手に入れた、
裏地に「龍虎相搏つ」の刺繍が入った中蘭を着て3日目だったか。
その日1日、白シャツで過ごし、学年のさらし者に(笑)。
もちろん、恐ろしいので卒業式の時になど取りにいくわけがありません。
僕の2万円は、たった3日の満足感だけを残して職員室の藻くずと消えました。

ほとんど野球と無関係の話ばかりなので戻して、っと。
最初のあいさつでいきなり「石黒、やせたんないか?」
先生、わかんのかあ、すげえなあ。
ベンチ裏から試合観てはいましたが、
學ランの件以来面と向かって話しはしてないのに先生の記憶というのはすごいなと。
インタビューは最初、明徳戦についてなかなか心情的なことには
触れていただけなかったのですが、
僕がつけている星稜戦の甲子園の全試合のスコアなど見て
歴代野球部の話をするうちにぽつぽつと。
で、結果、2時間話を聞いて、その後撮影もさせていただき、
とてもよい記事になったと自負しています。
編集部でも評判よかったらしく、表紙にも見出し入ってます。
4800字しかないのでなくなく落とした
ちょいとマニアックなネタも山ほどあり、それがちょっと残念です。
あ、僕がもっともぐっときたことば。
論語に「明徳」という言葉があるんだという話になり、
先生に「それ、知っとるか?」と言われ
「いえ、知りません」と答えたら、
「なんや石黒、勉強不足やなあ、坊主にすっぞ!」
ツバを飲み込みました。

とにかく、僕の気持ちも注入したナンバー、読んでいただきたいです。
よろしくお願いします。

これで、昨日の決勝で甲子園行きを決めたのが
星稜だったら、それは大変なことだったのですが
準々決勝で準優勝した尾山台に敗けてしましいました。
しかし、恩師・山本雅弘監督の遊学館が5年ぶりでこれはまた感激。

いつも、母校と恩師が当たらないよう願ってます。
そしてなぜかまだ夏は一度も直接がないのですよ。
ずっとそのままいってほしいなあ。

↓ これらは僕の6学年先輩のスポーツライター、
 松下茂典さんの著書です。

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2010.7.14

『Number』編集部ブログに僕と星稜の山下総監督が

本田本田本田本田本田本田本田本田本田本で日本中が湧いていた7/2、
たまたま取材で彼の母校、というか松井秀喜の母校、
いや僕の母校である金沢の星稜高校に行ってきました。
母校についてのあれこれは先日書いた
「本田圭佑 星稜時代、高校サッカー選手権の動画とか」にあります。

7階建てのりっぱな校舎の受付で
「東京のOBの者ですが、取材に伺いました!」
と言ったら、
「あ、河崎先生のところですね?」と。
W杯中何度となくテレビに登場していた河崎先生(僕のひとつ先輩)は、
サッカー部の監督。
「あ、いえ。山下理事のところなのですが」
「はあ? あ、野球部ですか…」
不思議そうにしてましたが、まあ連日、本田絡みの取材殺到してたんでしょうね。
でも、どっこい生きてる野球部もお忘れなく! 星稜関係者のみなさま。

『Number』7/29発売「高校野球特集」の取材。
同行したのは、『Number』編集部、稲田くんと
初めてお仕事したカメラマンの安川さん(春日部共栄野球部出身)
僕は1泊しましたが、稲田・安川両氏は日帰り。

稲田くんは、10年ほど前かな?
新入社員時代『TITLE』で連載担当していただいて以来の飲み友でもあり、
金沢の夜を楽しみたかったが、
スポーツ雑誌的にはW杯まっさかりで時期悪く断念して帰っていきました。
取材前に金沢駅ビル内で海鮮大盛り丼をさっと食べたのと、
取材終ったあと、近江町市場内の回転寿司屋でビール少々がせめて、でした。
って書いてて気づいたけど、魚と魚、中5時間ってどうよ。

その稲田くんが、『Number』編集部ブログにその模様を
書いていたのを今発見し、ではとこちらもブログに。
転載するわけにはいかないので、↓リンク先を読んでみてください。

『Number』編集部ブログ 7/9「ブルー・オレンジ・スター」
このタイトル、深いなあ。
僕の会社の名前、「ブルー・オレンジ・スタジアム」
つまり青とオレンジの球場。
ロゴマークは球場です→それについてはココに書いてあります
星稜のユニフォームは、黄色ベースに、青とオレンジ配したもの。
ということを踏まえたツウっぽいタイトルです…ってオレしかわからんだろうけど。

『Number』編集部ブログの写真、
山下総監督が星稜のユニ、上しか着てないでしょ?
ほんとは「星稜のは着ないよ」とアポの時点から言われたんです。
現監督の北川さんや高野連にも気を使い、
なおかつ、自分的にもケジメとして封印していたのではないかと思うのですよ。
(箕島戦は別。また今秋に甲子園でやりますよ!)
それが、冗談っぽく、「やはりキツイっすか?」
と食い下がっていたら、自宅で着替えてグランドに現れたら、
なんと手に持ってるではないですか!
いやー、やさしいなあ、、、、と。
しかしなんと、シャツと帽子だけでパンツがない。
「監督、あのー、下は?……」
「なに? これでいいやろがいや」
「あ、はいっ!では上だけ写すようにして撮りますっ!」
敬礼しそうになりました。

どんな写真になるか、楽しみです。
7/29,柴崎乞うご期待。

↓ これらは僕の6学年先輩のスポーツライター、
 松下茂典さんの著書です。

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2010.3.4

奇跡の全国大会出場に初代主将は

野球絡みの、アーカイブネタを。
4年半前のメルマガあいさつ文から。
                      2005/9/29/thu
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

創設者。いい響きです。
あ、会社の話じゃないんです。
またまた野球絡みで恐縮夏彦なんですが、
僕は22年前に、ジャーナリスト専門学校というところに野球部を創設しました。
もちろん、初代主将。くどいですけど、いい響きです。

軟式ですが、東京都専門学校野球連盟に加盟し、
誰からも注目されない、野球の世界としては片隅ながら、
前向きな気持ちだけは甲子園球児と変わらぬテンションで、
学校とバイトの合間を縫って活動してました。
当時は弱かったのですが、
その後、なぜかそこそこの成績を残すようになっていまして、
7期生あたりで、神宮球場での決勝で敗れたものの、準優勝。
以降もベスト8に入るなど地道に野球部としての活動が続いていました。
そしてOBを集めて、自分のチームを作って草野球やってます。

そして22年目を迎えた今年、またもや東京ドームでの決勝に進んだのです。
そして、当時から変わらず部を率いる三好監督は、
僕をコーチとしてベンチに入れてくれました。
相手は、東京ウェルネス専門学校。
体育関係の学校はおおむね強いのですが、ここは野球科まであるセミプロ集団。
試合前のノック見てても、ごついのがごろごろ。
内野の球回しの球ですら打てないかも、と思うほど(笑)。
対する我がジャナ専は、まあ名前のイメージどおり、ひょろひょろ。。。
特筆すべきは、女子がいること! 2番ファースト!
埼玉栄で、女子野球部だったらしく、さすがにうまいと思ったものの、
「いくらなんでもこのメンバーじゃ冷静に見たら勝てないな」
と野球にスレきった44歳は考えてしまうわけです。

しかし、宜野座高校出身の投手が相手をきっちり抑えます。
僕はベンチでカラカラになるまで声出し専門。
そして、はらはらしどうしの展開でしたが、
彼らはセミプロ集団を2−1で破ったのです!
しかも決勝点は、女子の内野ゴロで、彼女が最優秀選手賞!

野球マンガで読む、へなちょこチームが強豪を倒すという、
あの痛快パターンそのものを、目の前で、
しかも22年後の後輩たちが見せてくれたのです。
そして、22年目にして、僕にとっても悲願の優勝。
優勝の瞬間、ベンチの中で三好監督とがっちり握手。
その瞬間、涙がどっと。
監督の22年に比べれば僕はなにもしてはいませんが、
創設者として、22年間、思い続けてよかった、と。
監督も歴代の後輩も現役選手も最高です!
みんなに感謝したいです。
11月に千葉マリンスタジアムでの全国大会で、また泣きたいです。

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2010.2.10

草野球のすべて 

上京後すぐに始めた草野球。
31年間、さまざまなところでプレーして
たぶん、700試合ぐらいはやったかなと。
関東近辺でプレーした球場は
100は軽く超えていると思う。
でも上には上がいるのでまだ全然少ない方ですが。

新小岩の中華屋の競馬好き常連さんチーム「オッズ」を皮切りに、
バイト先のお茶の水の名曲喫茶「丘」では野球チームを作って
山の上ホテルとやったりもしてたなあ。
ジャーナリスト専門学校では野球部創設し初代主将。
実力的にもっとも輝かしいのは、
狛江市代表で都大会出た「梁山泊ファルコンズ」。
懐かしい。
98年には念願の自分のチーム
ジャナ専野球部OBだけで結成しました。
(今は休部中。サイトは11年前に作ったまま放置。。。)

ってなことで、初心者レベルの野球から
まあそこそこ、中の上ぐらいのレベルで、
9ポジションすべて、
また、オーナーも監督もキャプテンもやってきた経験から
<時間をかけられない草野球的現実に即したノウハウ>
が自然に蓄積されてきました。

で、もったいないのでせっかくですからと、
1年前から携帯サイトで連載してます。
もうすぐ50回目。
カジュアルな草野球技術論で、
仕事というよりライフワークですな。

「中級を目指す 草野球のすべて」(毎週水曜更新)

「携帯版 野球小僧」
『野球小僧』

草野球プレーヤにはおすすめですが
やらない人にはちっとも面白くないかも(笑)。

ですが、このサイト、
野球好きなら加入してソンはないと思います。
月300円でアマチュア野球は特にすごく濃い情報が満載で、
充実ぶりはすごいですよ。
ひいき目抜きに野球ファンとしてすすめます。

今までの見出し50コからいくつか抜粋しておきます。

■チームの方針と運営<考え方編><実践編> 
■マナーについてあれこれ
■レベルに応じたオーダーの考え方(守備位置編)(打順編)
■作戦について<盗塁&ランエンドヒット><バント不要論>
■サインについて 
■うまそうに見せるorヘタそうに見せる
■ハッタリの(笑)小技ー投手編 守備・走塁編
■草野球に即したノック 
■草野球的なカット練習
■挟殺プレーの基本練習 
■試合当日〜起きてからグランドまで 
■試合当日〜グランドに着いて中に入るまで 
■試合当日〜ストレッチ
■試合当日〜グランドに入ってから開始まで 
■試合中〜水分、食べ物、小道具
■試合中〜審判を敬い、そして味方にする 
■試合中〜ミスを引きずらない心理
■試合中〜ボール回しあれこれ 

QRコードはこれです

 

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石黒 謙吾

著述家・分類王
1961年 金沢市生まれ。
今では書籍の執筆がほとんどですが、プロデュース&編集も少しやってます。
やや長めのプロフィール
元気が出る予感の年譜
最新活動はこちら

     

興味ワードを手当たり次第ランダムに。う〜〜〜ん、ランダム(念/マンダム)

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