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2010.2.15 ぞりん

ぞりん論序説

 人間社会同様、近代に入り動物社会も混迷の時代を迎えた。特に第二次世界大戦後は、土地開発による環境破壊、産業改革での公害問題、さらに他の動物や人間との共生など、多岐にわたる問題が世界じゅうで噴出している。

 そんな状況の中、憂慮すべき事態を草原からそっと見守る動物がいた。
「ぞう」である。
恐竜が絶滅したあと、陸上で最も大きな動物「ぞう」は、最も知能の高い動物の一種でもあり、脳の大きさは人間の約4倍もある。1度通った場所ならば、そこが何の目印もない広大な草原であっても、場所をしっかり記憶していると言われている。
 このように聡明な「ぞう」は、昔から動物界における長老的な存在であった。彼らはいつも、他の動物たちが抱えるさまざな問題点を、その小さくつぶらな目でしっかりと見続けていたのだ。そして、ついに「ぞう」は立ち上がった。あらゆる動物に自らの生態を示すことで、進化を助けるための手、いや鼻を差し伸べようと……。

「ぞう」の最大の特徴である長い鼻は上唇が伸びたもので、先端には指状の突起があり、物を器用に掴むことができる。首が短く、立ったままでは口に食べ物を運べないからこのように進化したものである。「呼吸をする」「匂いを嗅ぐ」ためと考えがちな鼻という器官が生きるために欠かせない役割を持ったことで、「ぞう」たちは鼻の重要性を悟っていた。そして鼻を長くして生きることを、他の動物たちに伝播していったのである。

 こうして「鼻が長くなっていく」という進化形が、哺乳類にとどまらず、両生類、爬虫類、鳥類、魚類へと次々と広がっていった。そこで生れてきたのがまず「ぞりん」であり、さらにあらゆる「ぞうぶつ」たちが後に続いた。そしてその進化のようすに驚くべきことが発見されたのだ。形は必ず“ぞうの鼻”を持っているのに、
そこに至る目的はあらゆるパターンが存在したのである。
「息をする」「匂いを嗅ぐ」という本来持つ役割を強化することはもちろん、「食料をためこむ」「攻撃する」「移動する」「水を吸う」「水をかける」「距離を測る」「生殖行動」「擬態」などなど……。当の「ぞう」はもちろん動物学者の予想をはるかに凌駕するその種類に、あらためて生命力の神秘を見た。
 地球の誕生以来、生物にこれほど急激に進化が見られたことはかつて例がなく、動物学会あらため「ぞうぶつ学会」は、謎に包まれた生態の研究を急いでいる。
 2005年2月には、世界中のすべての元動物が「ぞうぶつ」に進化したことが認められた。そしてついにはここ日本で、世界初の「ぞりん大図鑑」が刊行されるに至った。
 
「ぞう」のもうひとつの特徴である象牙は高級資材として高額で取り引きされるため、人間による狩猟が繰り返された。さあそこで、虐待した人間に対する「ぞう」のアンチテーゼ「ぞんげん」の出現だ。他のぞうぶつたちには明確な進化の理由が見受けられるが、「ぞんげん」に限ってはいっさい見当たらない。
 インドの神話では、世界を支える存在として描かれている「ぞう」。
神話が神話で終らないことを、「ぞう」の意を継いだぞうぶつたちが証明しているのだろうか……。

出多羅目大学理学部教授 石黒謙吾(しぐろ・んご)
           2006年夏 軽井沢の研究室にて記す

ぞりん

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