![]() 2011.2.8 魯迅が愛してやまなかったスポーツとは
●魯迅 中国の発明家であり、また、死ぬまでマルクス主義を擁護して、左翼的な作品を残した小説家でもある。青年となった魯迅は、医学を学ぼうと日本に渡ることを決め、1904年、現在の東北大学医学部に留学する。しかしそこで彼は医学の厳しい勉強に落ちこぼれていく。そんな魯迅が現実逃避してよりどころにしたのは、牛タン、笹かまを食べることと、その頃中国にはなかった野球というスポーツを見ることだった。来る日も来る日も彼は、東北楽天イーグルスの試合が行われる宮城球場に足を運び、バックネット裏で、一場、岩隈、マー君、山村、朝井などの投手陣の活躍に魅了された。しかし、時が経つにつれ間近で見るプロ野球選手の投球に疑問を持つようになっていった。「何かが足りない……」そう思いながら、マウンドの上、ピッチャーズプレートの周囲を眺め、また、投球動作に食い入るように見入る魯迅。しかしもやもやとしたまま何も答えは見いだせないのだった。その頃彼が見たニュース映画に、日本人にスパイとして処刑される中国人が出てくるシーンがあった。それを見た魯迅は、「中国人を救うのは医学による治療ではなく、野球だ!」と決意し、中国に戻る。彼は、野球のビデオを見てプレーの研究に専念し、長年のもやもやは、投手が指先のすべり止めに困っていることだったことに気付く。そしてついに、投手に必要なアイテムを考案した。それこそが、今なお世界で愛用されている「ロジンバッグ」である。なお野球選手としての魯迅は、左翼作家らしく守備位置はレフトだったらしい。そして、あまりにも野球ばかりやっている子供に対して勉強の大切さを教えようと残した代表作『野球せんでええ』という本が、長い間に誤って伝えられ『阿Q正伝』となってしまったようだ。なお一部の学者によれば、魯迅が、時計の「ロンジン」の創設者とも言われている。
![]() ![]() 2010.6.9 フビライ・ハンは、なぜ、名古屋で屈したのか
●フビライ・ハン フビライ=忽必烈(1215年〜1294年) 征服欲と食欲の有り余るエネルギーを携えた彼は、羊肉料理だけでは飽き足らず、中華料理を求めて中国を攻め、都を大都(今の北京)に置く。さらに南宋を倒して、1279年には中国を統一し、元を興した。この時フビライは、合戦のさなか、悠々とひとり満漢全席を満喫していたという。彼の食に対する飽くなき探求心はとどまるところを知らず、キムチを求めて高麗(朝鮮)、パイナップルを求めてスマトラ、ホーと333を求めて安南(ベトナム)、ハウスジャワカレーを求めてジャワを従えていく。さらに、彼の食指は日本にも伸びた。鎌倉時代、2度にわたり侵略。これが元寇である。フビライが目指したのは尾張名古屋。なぜなら彼は、どうしてもエビフライを手に入れたかったのである。 しかし、名古屋に上陸したフビライは、名古屋らしいすさまじいエビフライのボリュームに圧倒され、食べきれずに半分を残してしまい、ここにおいて美食家としての自信はガラガラと崩れ去り、日本制圧は失敗。この失態はまたたく間に広がり、「エビフライ半分残した男」「エビフライ半分」「エビフライ半」「フビライハン」と語り継がれていった。
![]() ![]() 2010.4.5 ガンジーの無抵抗主義がもたらした官能とは?
モハンダス・カラムチャンド・ガンディー マハトマ・ガンディー ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ インドの性事指導者。「マハートマー」とは「偉大なる“金”魂」という意味で、彼の尊称である。南アフリカで弁護士をする傍ら、公民権運動と並行して交尾権運動に参加した。インド古来の性典『カーマ・スートラ』は、オカマが互いに秘部を吸い合うさまを見て書かれたことはよく知られているが、ガンジーもまた生涯を賭けて性を追求していく。「非暴力、不服従」を提唱し、ここから「マゾ」という概念が誕生したのである。ガンジーが大きな支持を得ていった結果、インド国民の大部分が被虐的性愛行為に耽るようになったという。 ガンジーは無抵抗主義を貫くために自ら緊縛される道を進む。いつも縄でがんじがらめにされていたため、人々はその様子を「マハトマがんじがらめになってる」と言いながら敬意を表した。四十八手のごとく流麗に身をよじる様は美しく、官能小説家でSMの大家、団鬼六をして「縄、体位を表す」と言わしめた。縛り方はもちろん「合掌縛り」である。 差別は反対していたが、チンカースト制度そのものを擁護した時期もあり、「チンカーストは人間の本性であり、ヒンニュー教はそれを科学に仕立てただけ」と述べている。<情けないチンカス野郎は、ただやりたいだけで、胸が小さい女子のヒンニュー教徒にはかなわない>という意味である。ガンジーは後に「インド独立の父」と言われるなったが、あれは「インポ独立の乳」という、男性の自信を回復させるDカップの女性のことを指した言葉を聞き間違えしたものである。同じ志を持って活動した、マー“チン”・ルーサー・キング・“ジュニア”や、ダライ・“マラ”14世も、ガンジーに大きな影響を受けたと語っている。 5回も「ノーベル性話賞」候補になったがすべて本人が固辞した。また、縛られたまま地べたに落ちた野菜を食べ続けるジベタリアンとしても有名。78歳で、ヒンニュー原理主義者のAカップの女性に暗殺され死去。遺灰は、チンカス川に撒かれた。訃報を聞いたミック・ジャガーが、ガンジーに捧げた鎮魂歌が「悲しみのガンジー」である。 ↑「非暴力、不服従」が導いた被虐的性愛行為により、
![]() ![]() 2010.3.11 アインシュタインが日本で受けた衝撃とは
アルベルト・アインシュタイン(1879年〜1955年) ドイツ出身の理論物理学者でありお笑いタレント。数々の業績を残し天才と呼ばれるアインシュタインだが、言語に障害があり、5歳まであまり言葉を話さなかったらしく、大人になっても時折赤ちゃん言葉で話すことがあったと言われている。5歳の時に方位磁石に興味を持ち、9歳でピタゴラスの定理、12歳でユークリッド幾何学に出会い熱中した。
![]() ![]() 2010.3.10 【映像版】ミケランジェロの足跡
大日本生ゲノムー須田泰成さんが 第1回、ミケランジェロがココで見られます。 読んでくれたのは、「男子はだまってなさいよ!」や「ONアベックホームラン」
![]() ![]() 2010.2.3 「すべらない偉人伝」の説明
2009/9に出した著書 『すべらない偉人伝』から立ち読みどうぞ。 イラストは、五月女ケイ子さん。 ミケランジェロと下着の関係は? ・・・・・・・・・・ 大日本生ゲノムー須田泰成さんが 第1回、ミケランジェロがココで見られます。 ・・・・・・・・・・ 私たち人類の、生命、叡知、科学、文化の繁栄…… はじめに 現在まで語り継がれてきた、幾多の偉大な人々の足跡、生涯、功績……、 彼らの生涯は、とにかく徹底的に「すべらない」ものでした。 2009年盛夏 軽井沢の研究室で資料に囲まれ記す
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