みんなの みんなによる みんなのため にとどまらない本

石黒謙吾

 2006年8月11日(金)、夜8時半。原宿のセミナールーム「ビジョンハウス」には、高揚した22人の声が響き渡っていました。集まっていたのは、松山真之助さんが主宰する、本好きのためのメーリングリスト「100冊倶楽部」のオフ会である「第2回MOSO会議」に参加したメンバー。「本好きが集まったんだから、何かみんなでできることをMOSO(妄想)してみましょう」という松山さん提案のブレストで、「本、作ればいいんじゃないですか」とさらっと僕が口走ると、横にいたtakakoさんがまずノってきて、その後、全員が大盛り上がり。もちろんそれは思いつきだけでなく、これならできると瞬間に計算したこのプランからでした。「1人1万円出して100万円集めて全員が2ページ書く。それを各自が10冊もらえる」。この具体的数字に22人は色めき立ち、「本好きが集まっているのだから内容はやはりブックレビューでしょう」などなどMOSOはピークに。なんとか完成が可能な日程として、2月9日=ブックの日、が設定され、半年後、ついに112人のMOSOはひとつの塊となって姿を現したのです。
 僕自身は、著者と編集者という両方の立場で、33歳からの13年間にやんわり作ってきた書籍がちょうど100冊を超えたところ。「本を作る」行為がルーティンとなっていた時、この「100冊倶楽部」の「100冊本」に現場監督的立場で関わりました。そして、出来上がりまでのプロセスで、参加した方々が、自分たちの本を残すことに純粋に興奮しているさまに触れて得た大きな糧。「自分の書いたものが本になる」という、プロの僕たちが忘れかけている、本作りを愉しむ感覚。それが、ここにはありました。
 書く側、作る側、流通させる側で、本をビジネスの道具としてしか考えていない人が増えていることを実感しています。「売れそうなものだけ作る」という風潮。出版社に斬新な企画を通そうとすれば「類書がないからなんとも言えない」「そのジャンルは売れないから」と、冒険心ゼロ、マーケティングだけの判断で戻ってくる返答。もちろん、どこの版元だって赤字にはなりたくないからそれもわかりますが、本作りを面白がらない編集者・出版人があまりにも多くなっているのではないかと憂います。本を作りたいというアツイ気持ちがないのであれば別の仕事に就けばいいと思うのです。もともとは、江戸時代の浮世絵版画を刷るための版木を持っていたのが「版元」。もちろん販売してはいたものの、自分の好きなものを広めたいという、自分の趣味趣向の延長と、文化に対する意義だったはず。そこまで戻る必要こそありませんが、少しは、売れた売れないというビジネス以外の部分で、純粋にいいものを作る喜びを見いだしてほしいと願っています。この本に関わった112人と同じ気持ちで。
 僕もみなさんと同じく、1万円のファンドを払って2Pの原稿を書き、さらに仕事ではなくボランティアとして、編集監督、デザイン、撮影で参加。普通はデザインや写真などは専門家にお願いするのですが、予算をかけるわけにもいかず、行きがかり上つたないながらも自分でやったのですが、これもわからないことが見えていい経験をさせてもらいました。
 そして、各著者の方とのやりとり、原稿の文字直し等編集作業は、どうせみんなの本にするならば分担してやってもらうのがいいと思い、希望者を募ったのです。24人が集まり、編集担当16人が7〜8人を受け持ちました。文字の統一など校正ミスは、よほど大きいこと以外はあえてそのままにしてあります。本が出来上がってから自分のミスに気付き、「うわーっ! まずいっ!」と取り返しのつかないことに顔から火が出るほど恥ずかしい思いもするのもまた、編集者としての思い出に残る経験ですから。
 112人以外の参加者としては僕の事務所の井上健太郎君、鈴木諒一君。仕事を超えての作業に感謝。このプロジェクトに賛同しよくしていただいた、サンケイ総合印刷・担当の古川光行さん、ありがとうございます。同社の島田正樹君が僕の野球チームの後輩というつながりからこうして縁ができました。島田君、ありがとう!
 部数は当初の予定より減ったものの、2500部を印刷することができたこのプロジェクトが一般的に言う「自費出版」と全然違うのは、営利目的の人がいっさい存在していないこと。この本が話題となって出版のシステムに風穴を開けることを願っています。
 原稿を書いたすべての方、刊行おめでとうございます。編集ほか進行などさまざまな仕事を分担した24人のみなさま、格別の達成感が残っていることでしょう。僕も、松山さんとのおつき合いはもう9年近くになりますが、こうして共有できる大きな思い出を残せたこと、感無量です。もちろん112人の本ですが、あえてここで僕から、松山さんの人柄に魅かれた人たちが集まり、松山さんの人望が形になった本とも言わせてください。そしてここから、112の思い出が芽生え始めます。